2008年04月27日

原爆ドームの教訓

いよいよ原爆ドームが見えてきた。

いや、実際に見てみるとやはりすごい。

原爆ドームがすごいのではなく、この原爆ドームを
このような姿に変えてしまった原爆がすごいのである。

しかし今の核兵器は、この広島型の何十倍だかという話である。

何百倍??


とにかく、想像を絶する威力である事は間違いない。

今の日本は平和であるが、世界各地でいまだに紛争は絶えない。

子供の頃、友達とは仲良くしなさいと言っている大人が
なぜ戦争をするのかが、非常に疑問であったが、
仲良くしたくても、出来ない事情があることが、
自分が大人になって、ようやく理解できた。

しかし原爆ドームの周りをあること、不思議な感覚に襲われる。

原爆ドームはその当時の悲惨さをそのまま残しているが、
その周りはすっかりと平和な日本に様変わりしているのである。

なんか目に見えない時間という壁が、そこには存在し、
自由に行き来できているのではないかと言う錯覚である。


この原爆ドームは、世界文化遺産なので軽々しい事はいえないが、
私的には、人類の未来のためにも取り壊した方がいいような気がする。

過去に引きずられるよりも、前を見て歩けるような気がするからである。


もちろんそんなことは出来ないだろうし、私自身も
頭の中だけの考えである。


このブログを見た方も、本気にしないでもらいたい。

しっかりとこの目に焼き付けて、子孫に伝えていこうと思っている。

かなりゆっくりと見て周ったので、いい時間になった。


今日の宿は安いビジネスホテルである。

二泊するので節約、節約…
  

Posted by kazuhilo at 22:57中国・四国路

2008年04月26日

お好み焼きの真実

広島城でだいぶゆっくりしたあと、遅い昼食をとることにした。

おいしそうなお好み焼き屋を見つけたので、
迷わずに入った。

さすが本場のお好み焼き屋だけあって、店に入った瞬間に、
ソースの匂いからして全く違う。


食欲をそそるのなんのって、急に空腹感が倍増した。

スペシャルというメニューを注文して、少しだけビールを
飲むことにした。

これから厳かな原爆ドームに行くのだが、
罰当たりな気もしないでもない。

ビールを3分の1ほど飲み終わった頃、お好み焼きが
焼けて出てきた。


さすが… スペシャル…


お好み焼きと言うよりも、お好み焼きどんぶりといった方が
似合いそうなほどである。


地元の人だろうか。

私の横で、平気で平らげてしまった。


私も食べ始めると、これがものすごくおいしい。

これなら、この量を平気で食べてしまうわけが納得できる。
広島城でもらってきた資料を読みながら食べていたら、
あっという間に食べてしまった。

さすがに満腹にはなったが、あれだけの量を食べた
自分が不思議だった。


さて、それでは原爆ドームに向かうとしよう。

もう二度と戦争が起こらない事を祈りつつ…


戦国時代の城と原爆ドーム、どちらも多くの人が
命を落とした場所である。

そして今は観光地となってはいるが、今頃亡くなった人たちは
あの世で私たち観光客をどう思っているのだろうか?
  

Posted by kazuhilo at 20:01中国・四国路

2008年04月25日

広島城での事

さて、フェリーがゆっくりと広島港に近づく。

今日の目的は広島城と原爆ドームである。


広島城は、その昔、戦国時代にかの有名な毛利輝元が建てた城で、
江戸時代には福島正則、そして浅野氏へと受け継がれてきた。

築城以来の天守閣は、惜しい事に原爆で倒壊したが、
復元されただけでもいいだろう。


この旅では、城めぐりも楽しみの一つであったが、
実際にいろいろな城を訪ねてみると、それぞれ違った表情
である事が分かる。

写真やテレビでは、どれも同じに見えるだろうが、
これが全く違うのである。


何と言っても明治維新まで、日本を動かしてきた武士の頂点が
城の主だったのである。

威厳がなければ逆におかしいだろう。

今現在では、どの城も中身は資料館などに変わっているが、
その当時の城内の人の息づかいが聞こえてくるのである。

かなりの人が生活し、そして死んでいった場所である。


今は観光地と化しているが、志半ばに死んでいった人たちの
無念さを思うと、ただの観光気分ではいられない。

ふと、隣を見ると年配の方が、手を合わせながら、
なにやらお経のようなものを唱えている。
おそらく私と同じ考えの方なのであろう。

その当時に私がそこに生きていたなら、
未来にこんな観光地になる事なんか、
夢にも思わなかったであろう。
  

Posted by kazuhilo at 19:41中国・四国路

2008年04月24日

広島では楽しみが多すぎて…

さて、長く滞在した四国を後にする。

松山からフェリーで広島へ向かい、今日は広島で一泊する。

広島と言えばお好み焼きだが、四国と同様に、
瀬戸内海の海産物も当然楽しみにしている。


広島のお好み焼きの原点は、戦後に始まった【一銭洋食】に、
具が加えられ、今現在のお好み焼きになったと言われています。

広島のお好み焼きの特徴は何と言っても、焼きそば入りの
そのボリュームにあります。

東京の感覚で、飲んだ後の腹ごしらえに…
などと言うつもりで行ったら、大変なことになる。


他にはかき料理だろう。

生がき・かきの殻焼き・かきの土手鍋・かきフライ・かき飯と、
バリエーションには事欠かない。

新鮮なかきも夜の楽しみだ。


そして何と言っても、尾道ラーメン。

そのスープを味わえば、他のラーメンは食べられなくなると
言われているほどだが、何せ初めて食べるので、
その真意の程はどうであろうか…


お土産に最適なのが、もみじ饅頭だ。

今では、チーズ・クリーム・チョコ味と、
バリエーションも豊富で、大人から子供まで楽しめる。

う~ん、一泊では足りないかも知れない。


昼間は酒蔵の見学に、広島城の見学、原爆ドームの見学と
スケジュールもなかなか忙しい。

まあ、急ぐ旅でもないので、ゆっくりと2泊しようか…


フェリーはひたすら広島へと向かっていく…
  

Posted by kazuhilo at 22:28中国・四国路

2008年04月23日

坊っちゃんコース後編

午後の後半は、子規堂からスタート。

正宗寺(しょうじゅうじ)内に俳人・正岡子規が17歳まで過ごした
邸宅を模して建てられた木造平家建の建物。

子規が使っていた机や遺墨などの遺品、写真など
約100点を展示している。

子規堂前の広場には、現存する最古の軽便機関車「坊っちゃん列車」がある。


梅津寺は、雪广禅師によって建立。

雪广禅師は、慶安二年(1649)、中国で生まれ、8歳のときに仏門に入門。

29歳のとき、長崎の興福寺に招かれ、以後、宇治の万福寺に行き、
さらに松山城主、松平定直の招請で、千秋寺(松山市御幸一丁目)の四世となった。

禅師は、中国のふるさと梅津に想いをはせ、梅津寺を創建。
その翌年、宝永元年(1704)六月に、中国から梵鐘を取り寄せました。

高さ56センチ、直径33センチの比較的小さい梵鐘は、昭和37年11月、
松山市指定文化財(工芸)に指定。


四十島(ターナー島)は、高浜港南西の黒岩海岸の沖合にあり、
大小三つの岩の連なりで形成されている周囲約135メートルの小島。

通称「ターナー島」と呼ばれ、小説「坊っちゃん」にも登揚し、
「あの松を見給へ…夕一ナー(画家)の画にありそうだ」という
くだりから名付けられた。

俳人正岡子規の俳句に詠われるなど古くから多くの市民に親しまれ、
以前、松は枯死していましたが、熱心な市民の植樹や保存活動によって
当時の姿が蘇った。

さてこうして、坊っちゃんコースを周ってきたが、
この現代にあって、歴史の大切さを痛感させられた。

歴史があって初めて現代があるのである。

先人が残してくれた財産は、大切に守っていくべきであろう。
  

Posted by kazuhilo at 11:29中国・四国路

2008年04月22日

坊っちゃんコース前編

さて、では【坊っちゃんコース】を順番に見ていこう。


子規記念博物館は、正岡子規の世界を通して、より多くの人びとが
松山に親しみ、松山の伝統文化や文学についての認識と理解を深め、
新しい文化の創造に役立てることを目的として開設された文学系の博物館だ。

道後温泉地区にあり、人気の観光スポットにもなっている。


続いて明教館は、文政11(1828)年、松平11代藩主定通が藩士の文武稽古所として、
二番町に建てた藩校の講堂。

定通は、叔父松平定信の影響を強く受け、殖産を振興し、
勤倹を奨励するとともに、文武の教育施設を拡充するなど、
藩政の改革を実践。

この明教館もその施策の一つだった。


愚陀仏庵は、子規と漱石が同居した愚陀仏庵を復元したもので、
坂の上の雲ミュージアムに隣接した愛媛県美術館分館(萬翠荘)の
敷地内にある。


松山中学校跡地は、現在の松山東高等学校の前身で、
正岡子規や秋山好古・真之兄弟が学び、夏目漱石が英語の教師として
教壇に立ったところ。

現在は、漱石の句を刻んだ「松山中学校跡」の石碑が建っている。


ここまで、いろいろと夏目漱石の坊っちゃんゆかりの地に
親しんだところで、しばし休憩。

昼食には、じゃこ天がおいしいと聞き、どこか食べる事が出来るところを
見つけたい。

後半も、ゆっくりと文学に親しむとしよう。
  

Posted by kazuhilo at 20:52中国・四国路

2008年04月21日

松山に向けて

桂浜でさわやかな朝の散歩を終え、JRで松山へ向かう。

松山では2泊しようと思っている、と言うのは、
宿泊を予定しているのが【道後温泉】だからだ。

日本最古の温泉と言われている道後温泉…

たった一泊で後にするのは、非常に心残りである。

今度四国に来るときには、八十八ヵ所めぐりに来るときだろうが、
せっかく来たのだから、一日はゆっくりと過ごしたい。


特に文学に興味があるわけではないが、歴史的観点から
非常に【坊っちゃん】のゆかりの地には興味がある。

松山市で【坊っちゃんコース】という観光めぐりがあるらしいので、
それに従って、観光してみようと思う。


そしてメインは松山城。

この松山城は歴史好き、城マニアの間では、必見の城だ。

さて、そうこうしているうちに松山に到着し、早速観光案内所へ行き、
情報収集に取り掛かる。


あらかじめ用意しておけばいいのだが、私はよく、
行く途中で予定を変更する癖がある。

なので到着してから初めて情報を収集するのである。

坊っちゃん観光コースの詳細を聞き、宿を探す。

さすが日本最古の温泉とあって、人気が高そうだ。
【道後館】と言う宿を取り、荷物を預け、観光に出発。

さて、どんな感動と驚きに出会えるか楽しみだ。

四国の最後の県を、思う存分楽しみたい。
  
タグ :松山市観光

Posted by kazuhilo at 22:09中国・四国路

2008年04月20日

桂浜近くの料理旅館にて

高知での宿は、桂浜を望む料理旅館【冨久美味】。

高知では料理も宿も贅沢をしたい。

美しい砂浜の桂浜から最も近く、雰囲気や空気も抜群のロケーションで、
イセエビで知られた旅館で、夕食が楽しみである。

また、伊勢えびだけでなく、鯛をはじめ、あわびなど選りすぐりの新鮮な魚介類が
とあっては、酒好きの私としては、たまらない夜になりそうだ。


また魚介類だけでなく、健康鶏「土佐ジロー」も有名である。

太陽いっぱいの大自然の中伊勢えびの殻や牧草、無農薬野菜などの餌で
愛情込めて育てた放し飼いの有精卵で、ここでしか手に入らないと聞けば、
これを食さないわけにはいかないだろう。


まずは風呂につかって、土佐の海を眺めながらのひと時…

何考えずにぼーっとお湯に浸かっていると、いやなことは全て忘れてしまう。

今回の日本一週旅行も、そんな体や頭にこびりついた垢を落とす目的でもあったので、
すでに四国まで来て、ずいぶんと【変な垢】は払い落とせた。

この旅行が終わる頃には、また一つ人間が大きくなっていることだろう。


さて、風呂から上がり、夕食の時間になり、楽しみにしていた料理とご対面…

予想通りの豪華さと美しさに、思わず写真を一枚…

高知県の地酒【土佐鶴】を頂きながら、料理を楽しんだ。


明日はいよいよ四国最後の地、愛媛県に入るが、
さてどこへ行こうか。

歴史好きの私にとっては、やはり松山城ははずせないところだが、
夏目漱石【坊っちゃん】ゆかりの地も訪れたい。

そして宿泊は何といっても…

後は行ってのお楽しみにしたい。
  

Posted by kazuhilo at 21:46中国・四国路

2008年04月19日

坂本龍馬の故郷

高知で有名なのは、鰹だけではない。

高知でこの人のことを語らない訳にはいかないだろう。

日本人ならほとんどの方がご存知であろうが、【坂本龍馬】である。


幕末の英雄で、近代日本へのスタートのために命をかけた人物である。

しかし、坂本龍馬にはいくつかの逸話が残されているが、
そのほとんどは知らない方が多いのではないだろうか。


今は当たり前となっている新婚旅行であるが、この新婚旅行に
日本で一番初めに行った人物こそ、坂本龍馬なのである。

当時はまだ、旅とはレクリエーションではなく、
生活の上で必要なものという感覚であった。

有名な寺田屋事件後、結婚した坂本龍馬は、新妻のお龍を伴い、
同事件での傷を癒す目的もあって、薩摩に滞在した。

これが日本で初めての新婚旅行というわけである。


どうも後世に残された坂本龍馬の写真を見る限りは、
新婚だのおしゃれだのという言葉には無縁のように思われるが、
実は京都に行くときには、結構なおしゃれをして行ったという
逸話も残されている。

当時にはまだ珍しかった短銃(ピストル)も常に持ち歩き、
新しい外国の知識は、貪欲に吸収していたと言われている。

それが坂本龍馬を英雄にした理由でもあるし、逆に命を縮めた
原因でもあるだろう。

そんなことを考えながら桂浜に立つと、なにやら得体の知れない
パワーがみなぎってくる。

かつては坂本龍馬もこの桂浜に立って、世界を目指したと言われているが、
その坂本龍馬のエネルギーが未だに、ここ桂浜に残されているのだろう。

  

Posted by kazuhilo at 20:20中国・四国路

2008年04月18日

高知の特産と言えば…

南国土佐は、プロ野球のキャンプ地でも有名だが、
もちろん目当てはプロ野球のキャンプではない。

やはり醍醐味はその自然と、自然に育まれたおいしい食べものである。

高知と言えば、外せない料理が一つ…

やはり【鰹のたたき】だろう。


東京でも食べる事は出来るが、特産品は地元で食べるもの。

これだけはハッキリしている。


ところで【鰹のたたき】の起源はご存知だろうか。

良く口にする食べ物の割には、その料理のもともとの起源を
知らない方は多い。

その昔、鰹を獲っていた漁師たちが、鰹が大量だった時、ステーキのように焼いて食べることを思いついたというのが説の一つ。

他に有力な説が、鰹を生で食べることが禁止されていた時代に、
表面をあぶることで、これは生ではなく焼き魚であると
ごまかしたという誕生説もあります。

古くは戦国時代、長宋我部元親の時代に、安芸の浜で鰹の大漁に行き当たり、
焼いて食べたと言う記録もある。


どちらにしても、鰹のたたきは高知とは切っても切れない関係である。

また、何と言っても日本酒との相性は抜群で、
私自身の鰹ののっけ盛りと日本酒の組み合わせは、
マイベスト10に入る。
鰹にも2種類あって、【初鰹】と【戻り鰹】である。

そして料理としても人気なのが【酒盗】。

鰹の内臓から胃と腸だけを取り出し、塩漬けにして
1年以上じっくりと熟成させたもの。
昔お殿様が「この一品をつまみにすると酒が盗まれたようになくなっていく」
と言ったことからこの名前がついたのが始まり。
じっくりと時間をかけて熟成させた酒盗は口の中でとろけるようで、
その名のとおり、酒の肴にはぴったりの一品。

  

Posted by kazuhilo at 23:17中国・四国路

2008年04月17日

吉野川で鮎を楽しむ

吉野川は釣りでも有名であるが、今回の旅は味覚を楽しみたい。

特に東京では味わえない地元ならではの、食を堪能できれば…


吉野川では【鮎】を食べる事にした。


さすがこちらの鮎は東京で食べるものとは、わけが違う。

身の引き締まりといい、深い味といい、文句のつけようがない。


毎年鮎釣りの解禁日ともなると、さぞかしにぎやかな事だろう。

釣り自体には私はあまり興味はないが、
魚を食べるのは好きなので、釣りが全く嫌いというわけではない。

テレビでも良く見るし、全国の魚を食べたいというのも
今回の旅の目的でもある。


さて、ここまで書いておきながらなんであるが、
吉野川を知らない人のために、ちょっと解説を…。

吉野川は、吉野川水系(一級水系)の本川であり、
高知県および徳島県を流れている。

日本三大暴れ川の一つであり、四国三郎(しこくさぶろう)の異名を持つ
(順位争いで「四国次(二)郎」といわれることもある)。

また、四万十川と並ぶ清流でもあり、その流れは、
徳島県北・西部民の心の象徴であるとも言われている

四国山地を横切る箇所は日本における先行谷の代表例であり、
大歩危・小歩危と呼ばれる景勝地である。
もちろん、決して派手な観光地ではないが、地味な魅力を感じる。

これからも四国、いや日本の自然を支えていく川であることは間違いない。
  
タグ :吉野川

Posted by kazuhilo at 21:22中国・四国路

2008年04月16日

自然の脅威に思う事

なんとも雄大な景色だ。

目の前には鳴門の潮流と鳴門大橋の壮大な姿がある。

結構子供の頃から海は好きで、良く遊びに連れて行ってもらったが、
この海峡の海は、全く様子が違ってくる。

なぜか引き込まれそうになる女性的な怪しげな雰囲気を持ち、
それでいて、荒々しい男性的な魅力もある。


当然ながら、うずしお観潮船に乗る予定にしていたので、
間近で見れればいいのだが…

船に乗り込み、早速、鳴門の海を堪能することにするが、
こういう人工的ではない、自然の営みに触れるたびに
人間の小ささを感じざるを得ない。

自然が作り上げた鳴門の海と、人間が作り上げた鳴門大橋の共存…

共存というよりも、自然の懐の中にあるわずかな造形、
それだけのような気がしてならない。


おそらく人間は、自然をも支配しているつもりであろうが、
自然を支配することは、絶対に出来ない…

いよいよ渦潮のポイントに近づいたが、残念ながら不発のようだ。

こればかりはどうしようもない。


しかし、自然には終わりはない。

また、来る時には見れるかもしれないので、
鳴門の自然に触れる事が出来ただけでも、満足である。
鳴門海峡を後にしたら、あとは本日最後の予定地…

そう、吉野川である。


日本三大河川の一つで、四国を代表する恵みの川である。

海を堪能した後に、今度は川…

自然の素晴らしさと驚異を一度に体験できるなんて、
そうはないだろう。
  

Posted by kazuhilo at 22:27中国・四国路

2008年04月15日

第一番目の札所・霊山寺

ここで、たまには役に立つ知識でも書いておこう。

このブログでは、思った事をずらずらと書きちりばめているだけなので、
誰も読んでくれなくなるとつまらない。

これから行く霊山寺とは一体どういうところなのだろうか。


四国八十八ヶ所の第一番目の札所ということは書いたが、
第一番札所なので、良く目にするあの巡礼の時の姿…

白衣や金剛杖、菅笠、納経帳、掛け軸などをここで全て揃えることが出来る。

また、参拝者が寝泊りできる宿坊もある。


この寺の起源はその昔、弘法大師(空海)がこの地を訪れ、
21日間の修業の際、八十八ヵ所の霊場を開く事とここを一番目にする事の
お告げがあったとされ、そこから四国八十八ヵ所の歴史が始まったのである。


まあ、しかし今のように交通が発達しているならいざ知らず、
歩いて巡るのはさぞかし大変だったであろう。

今でも、果たして歩いて周っている人はいるのだろうか?


聞いた話だと、この八十八ヶ所巡り用のタクシーが、大活躍とか(笑)

それはそれで、現代ぽくっていいのだろうが、あの世で弘法大師様は
さぞかし苦笑いしていることだろう。


しかし実際に訪れてみると、さすがに威厳があり、
独特のオーラが漂っている。

あ、ちなみにこの霊山寺の正式名称は【竺和山 一乗院 霊山寺】と言う。

しっかりと、将来の再訪を神様にお約束して、霊山寺を後にした。

次に目指すは、瀬戸の渦潮で有名な鳴門海峡である。


見事な渦潮を拝めると良いのだが…
  

Posted by kazuhilo at 22:02中国・四国路

2008年04月14日

徳島徒然草

この八十八ヶ所巡礼は、もっと年を取って、
本当の意味で悟りのかけらでも分かるくらいになってからと
前にも書いたが、せっかく近くまで来て、無視して通り過ぎる事はない。

しかも第一番札所と言う八十八ヵ所のいわばスタート地点である。

まずは、そこに寄る事にした。


朝の目覚め…っとその前に、昨日の夜は地元の居酒屋で、
ゆっくりと地鶏の【阿波尾鶏】を堪能した。

もともと鶏料理は大好物なのもあるが、いやはや、
この地鶏のジューシーさには参った。

肉汁自体がまるで、ステーキソースのように肉に絡み、
ほのかな塩味だけで十分なおいしさである。


鶏肉特有のモサモサ感が全くなく、食感・のど越しも抜群である。

おいしい魚もたらふく食べ、地酒に酔い、
最高の徳島の夜を過ごしたのである。


そして爽やかな朝を迎えたわけであるが、朝食はいつものように
ホテルで済ませ、早速出発した。

今日最初に目指すのは第一番の札所の霊山寺である。


私自身、あまり信仰心がないので、そんなところに行ったら、
逆にばちが当たるのではないかと心配になるが、
特に人様に迷惑を掛けているわけではないので、
神様も怒りはしないだろう。

JRに乗り込んだら、なぜかホッとするのは不思議であるが、
なぜか母親の胎内のような錯覚をたまに覚える。

何か幼児期に電車の中で、何か特別な経験でもしたのだろうか?

そんなことを考えている間も電車は、四国の自然の中を進んでいく…

  

Posted by kazuhilo at 20:57中国・四国路

2008年04月13日

今日の行き先は…

ボールペンが倒れた方向は… 瀬戸内海方向でした(笑)

四国周らずに帰れって事かい!!

そうもいきませんので、再度ボールペンを倒したところ…
行き先は徳島周りと決まりました。。

そうと決まった瞬間、私の頭の中を徳島の地鶏【阿波尾鶏】が
グルグルと円を描いて、踊り始めました!

しかし、地鶏のフルコースは夜のお楽しみということで、
日中はしっかりと、徳島観光をする予定だ。


四国には少し時間を掛けるつもりなので、
明日の朝はゆっくりと高松を発つ。

明日は徳島泊まりなので、ゆっくりと観光ができる、
となると行く先はっと…


決まりました。。

明日のコースを発表します!!

高松からJR高徳線に乗り、【板東駅】で下車し、四国八十八箇所の
第一番目の札所、霊山寺にまず立ち寄る。

巡礼はしないまでも、一番目の札所くらいは、後学のために訪れておきたい。

そして再度高徳線に乗り、途中で鳴門線に乗り換えて、
目指す先は、その名も高き【鳴門海峡】だ。

渦潮はここに来たら外せないだろう。


自然の驚異を堪能したら、どこぞでゆっくりと駅弁も堪能し、
ゆっくりと過ごす。

そして、またまたJRに乗り、【徳島線】の【西麻植駅】で、
もう一つの自然を堪能する予定だ。


その自然とは…

明日のお楽しみ。  

Posted by kazuhilo at 21:01中国・四国路

2008年04月12日

八十八ヶ所巡りと明日の予定

四国と言えば、八十八ヶ所巡りで有名であるが、
さすがに今回はできない。

しかし、いずれは必ずしてみたいと思う。


別に今しない理由はないのだが、どうせするなら、
本当に何か、悟りを開けそうなくらいまで、
人間ができてから周りたいのである。

今回は、八十八ヶ所よりも、日本中を巡るのが目的である。

今の自分は、そういう旅の方が似合っている気がする。


何というのか、若いうちにする旅とでも言おうか…

じっくりと一つの目的に絞って、
そのためだけにする旅は、もっと落ち着いてからでないとできない。

どうしても、あそこにも行ってとか、
あそこも見てという旅になってしまうのである。


話がエッセイストっぽくなってきてしまったので、
旅行記に戻ろうと思う。

今日の宿は、いつもどおりのビジネスホテルで、
明日の予定を立ててみる。


四国は時間をかけてでも一周したい。

時計周りか反時計周りかで悩む…

でも一番のお目当ては、徳島の地鶏である【阿波尾鶏】、
高知の代名詞【かつおのたたき】、そして愛媛の柑橘類です。


う~ん、どうしよう…

と言う事で、四国の地図の上で鉛筆(古い言い方かな)を立て、
倒れた方に行く事にする。


実際はボールペンです。

今、ボールペンを立てて、離しました。

決まりました…
  

Posted by kazuhilo at 21:44Comments(0)TrackBack(0)中国・四国路

2008年04月11日

讃岐うどんに思う

さて、高松での楽しみの一つが、讃岐うどんであった。

別に店を決めていたわけではないので、
ぶらりと最初に目に付いた店に入った。

店構えも普通のうどん屋…


まあ、確かにこちらの地元の人にとっては、
讃岐うどんなんて、東京の立ち食い感覚なのであろう。

しかし、いつもそうなのだが、その地方の特産品を
その地元で食べる時には、あまり格式ばった店には入らない。


その店構えや店内の装飾、雰囲気に圧倒されてしまい、
本来の味の感覚が麻痺してしまうからだ。

まあ本当においしいには違いないかもしれないが、
『この店ならおいしいだろう!』という先入観に
味覚が占領されてしまうと、もうだめだ。


東京の有名店で、讃岐うどんを食べているのと
変わらなくなってしまう。

そういうわけで、今回も立ち食い風の店を選んだのであるが、
やはりおいしいし、値段も安い。


地元のおばちゃんなんかも、一緒に笑いながら食べている。

こうでなければ、高松で食べている意味がないというものだ。

私は別に味覚が鋭いわけでも、グルメなわけでもない。

おそらく目隠しをされて、どれがスーパーのうどんで、
どれが地元の讃岐うどんかと聞かれても、
おそらく分からないだろう。

でもそれでいいと思っている。

なぜなら料理は味も大切であるが、
それ以上に食べる時の雰囲気が大切だからである。


そんな讃岐の空気を感じながら食べるうどんは、
どんな高級料亭の料理よりもおいしく感じた。
  

Posted by kazuhilo at 19:02中国・四国路

2008年04月10日

高松について

フェリーの上で瀬戸内海を満喫して、フェリーは高松に到着した。

高松港に降り立った瞬間、『あれ?』と思った。


神秘さが全く伝わって来ない。

ここに来るまで期待していたゾクゾク感が全くせず、
まるで、東京湾を横断して、東京から千葉に来た感じ…


しかし考えてみれば、それも当然かも知れない。

高松といえば、四国の玄関口としての役割を持つ一大都市であり、
歴史の重みも、他の本州の地方と同じく薄れてしまうのも無理はない。

かろうじて歴史の重みを今に残しているのは、
フェリー乗降場の近くにずっしりと佇む【高松城】だけである。


もう一つ、四国を神秘化している理由がある。

それは四国の島自体が、決して観光地化していないことにである。

華やかさが全くと言っていいほどない。


しかしそれは決して四国をバカにしているわけではない。

むしろ、それだからこそ、神秘化したイメージが、
いまだについてまわるのだろう。


そんなことを思いながら、散歩をしていると、
急に空腹感を覚えた。

高松に来たら食べるものはただ一つしかない。

そう、讃岐うどんである。


今回の旅は、別に遺跡発掘でも歴史の検証でもない。

しかし、どうしても歴史好きというのは、歴史から離れられない。


今日は四国の風をじっくりと浴びながら、
明日からの四国4県巡りに備えなければ…


香川・徳島・高知・愛媛、それぞれに訪れるのが楽しみである。
  

Posted by kazuhilo at 20:50中国・四国路

2008年04月09日

瀬戸内海の上にて

岡山駅で、急遽船で瀬戸内海を渡る事に決めたので、
電車も【宇野線】に変更し、フェリー乗り場を目指す。

電車で渡ろうが、フェリーで渡ろうが、四国に着く事には変わりない。

しかしあえて船を選んだのには、何か理由があるように思える。


まあ、せっかくここまで来たのだから、
あまり難しい事を考えるのは辞めよう。

どうも、考え込む癖があるのはよくない。

特にこういう仕事とは関係ない旅では…

楽しむために来ている事を、危うく忘れてしまうところだった。


高知の酒と肴、非常に楽しみである。


フェリーに乗り込み、動き出してしばらくすると、
瀬戸内海の島々が目の前に現れてきた。

こういう時に、人は急に忘れていたものを思い出すもので、
東京では非常に【べた】な歌であるが、この海の上で歌うと、
妙に新鮮に聞こえてくる歌…


【瀬戸の花嫁】

年がばれてしまいそうだが、こうして実際に瀬戸の海を眺めていると、
作詞の山上路夫さんのすごさが、改めて痛感させられる。


飛行機や電車だと、この瀬戸内海の本当の広さ、素晴らしさ、
そしてせつなさは全く伝わって来ないだろう。

おそらく今は何気なく通過しているだけの島々にも、
長い歴史の中で、物語やロマンがあるのだろう。


今日、岡山駅で急に予定を変更させたものは、
本当の瀬戸の海を知ってもらいたいという、
歴史そのものが、私を呼び寄せたと、フェリーの上で確信した。
  

Posted by kazuhilo at 21:02中国・四国路

2008年04月08日

いよいよ四国

岡山での朝を向かえ、ホテルのサービス朝食を終えた。

天気は快晴、この旅行に出発して以来、甲府で小雨に遭ってからは、
天気には恵まれている。

どこかで、痛いしっぺ返しを食らわないといいのだが…


いよいよ今日は四国に向かうが、四国は結構私にとって、
非常に特別な場所である。

昨日行った姫路もそうであるが、何があっても行きたい場所がある。

四国もその一つ…


私的に四国と言うのは、日本で一番神秘的なところだと思う。

なぜかとその理由を問われると、はっきりとは答えられないが、
四国と言う島が持つ独特の雰囲気と歴史なのだろう。


四国八十八箇所巡礼が示すように、四国には何かがある…
日本の中にあって、日本ではない何か…

そのはっきりとした【言葉の答え】を見つけたい、
それだけが今回の四国へ向かう理由である。



ホテルを出て、岡山駅に向かう。

【瀬戸大橋線】のホームに立っても、これから四国へ向かうと言う雰囲気は全くない。

ただの日常がそこにはある。

おそらく、常に四国を身近に感じている人は、
そんな特別な感情がないからであろう。

そんなことを考えながら、ホームに立っていると、
急に船で瀬戸内海を渡りたくなった。


本州と四国を隔てる瀬戸の海を、なぜか無性に
船で渡りたくなったのである。

やはり何かが違う。

岡山駅での心のざわめきである
  

Posted by kazuhilo at 20:26中国・四国路